新しい自然免疫学

自然免疫は病原体を無差別にたべるもの、そして、それは獲得免疫の補助的働きをするものと従来は考えられていました。獲得免疫の主役であるB細胞やT細胞は骨髄で誕生します。しかし脊椎動物は地球上の生物のごく一部でしかありません。イカやタコ、かたつむり、などの軟体動物、エビやカニなどの甲殻類、そしてもっとも地球上に多いといわれる昆虫類には脊髄はありません。彼らは獲得免疫を持たない、抗体を産生できない生物なのです。いったいどうして生きのびてきたのでしょう。


次のノーベル賞に一番近いといわれている審良静男(あきらしずお)教授の自然免疫の研究内容から。「新しい自然免疫学」には、自然免疫の仕組みがわかりやすく解説されています。免疫システムの主役はワクチンによる獲得免疫ではなく、自然免疫だった。ガンに対しても自然免疫が重要な役割を果たしているようです。初期のガン免疫療法は、ほかの病気にかかって発熱したガン患者の病巣が縮小した、という観察から始まりました。それならば、いっそ、ガン患者の体内に病原体を入れてしまえ、と考えたのが20世紀初頭のニューヨークの外科医 ウィリアム・コーリーでした。コーリーは、感染したら発熱を起こす病原体(化膿性連鎖球菌+セラチア菌の死菌)をガン患者の患部近くに接種してみました。その結果、少なからぬ患者の腫瘍は縮小し、なかには完治した例もありました。これは乱暴な治療法であったことから「コーリーの毒」として知られるようになりました。作用機序がよくわからないまま博打のように試行されたのです。したがって、その後はこうした初期のガン免疫療法はすたれていきました。


ガン細胞の表面にはガン抗原が存在しています。ガン抗原はタンパク質で、ガン細胞の表面にガン抗原ペプチドとして発現します。このペプチドを目印に、キラーT細胞が攻撃をかけます。ガンワクチン療法は、ガン抗原ペプチドを人為的に生体に投与し、ガンに対して特異的に攻撃するキラーT細胞を大量に誘導することで治療をもくろみます。これは獲得免疫理論。では、コーリーの毒を接種されたガン患者の体内では、何が起きていたのでしょう。毒である病原体によって免疫系が刺激を受け、マクロファージやキラーT細胞が活性化し、異物であるガン細胞を攻撃したのです。免疫細胞からは、インターフェロン、TNF-αのような抗ガン物質が放出されたと考えられます。審良らが発見したグラム陰性菌を認識するTLR4、グラム陽性菌を認識するTLR2、細菌のDNAを認識するTLR9などは、ガンの周囲にいるマクロファージや樹状細胞が持っています。そこにコーリーの毒のような病原体が注入されれば、これに反応して、さらに免疫細胞が呼び集められ、ガン病巣周囲はいわば、免疫細胞とインターロイキンなどのサイトカインが暴れる海となります。2006年、審良さんはガン免疫療法の祖であるウィリアム・コーリーの名を冠したコーリー賞を受賞しました。


長く生きのびれば、そのうちに新しい免疫理論による新しいガンの治療法が開発されるかも・・・知れませんね。コーリーの行なったことと、丸山千里博士が行なったこととは類似性があるように思えてなりません。間に合ってほしいですね。わたしにですが・・・