3度目の血管内治療

今回は2泊3日の予定を3泊4日にして手術後の退院をのばしました。お正月をまたぐ間にぐんぐん症状が悪化して、ロキソニンなどの痛み止めが欠かせない状態だったせいだろうと思いますが、手術を受ける前日からは胃が食べ物を受け付けない状態になりました。でも、手術を先延ばしにする気持ちにはなれません。予想されたことながら、抗がん剤を使った治療で吐き気が加わり、2日間はまったく体が食べ物を受け付けてくれません。退院を一日伸ばしたといってもただ寝ているだけですが。


手術時間は約2時間。抗がん剤はシスプラチンとタキソテールという組み合わせと塞栓処置。これで効果がでなければ、もう血管内治療を行うことはありません。術前のスケジュールどおりに行なえたようです。後は結果がでてくれることを願うだけです。とりあえず、手術後は痛み止めを使用しなくても我慢できる状態であるのは改善の兆候ありということですが、まったくうれしい気持ちは沸いてきません。体が痛めつけられたような感覚もあいまって喜べるような気持ちにはなれません。


わたしの主治医はあつし先生と呼ばれているようです。堀院長の息子さんで同じ苗字だからです。ベッドの上では色々なことを考えます。どの親であっても親が子供に名前を付ける時には、いろいろ考えることでしょう。医師である親が篤史という名前をつけたのはどんな願いが込められているのだろうかなどと、篤農家などのイメージが思い浮かびます。その子供が成長し親と同じ医師となり、今は同じ病院に勤務している。その病院の患者のほとんどがガン患者で、それも他に治療法がないと言われ、最後の頼りにする患者もやってくることでしょう。先進医療ではありますが、まだ世間的に確立された治療法でもありません(保険適応医療ですが)。患者の心の重荷の幾分かを背負わなければならない職業、しかも、40歳前後と思われる若い医師には折れないで欲しいと願うばかりです。竹冠に馬という篤という文字はもともと、農家で大切にされていた馬を狼やトラから守るために馬小屋の周囲を竹柵で囲ったことからこの文字が誕生したようです。患者を救いたい、治したいという気持ちが伝わってきます。ありがたいことです。